top of page

「Chango Walk 2015」紀行文

文 チェジェチョル

チャンゴウォーク2015 Part12 大邱~星州へ


-2015/9/18-

本日、最終ゴールの星州 ソンジュに到着します。最後のチャンゴウォークです。行ってきます。 오늘 마지막 워크.성주에 도착합니다.기다려주십시오 고향.


「チャンゴウォーク2015」ついに、ゴールしました。慶尚北道 星州(ソンジュ)群 星州ウプ辿り着きました。夕暮れの空が出迎えてくれたように思えて、本当にありがたいです。 色んな方達に感謝します。

성주군성주읍 도착했습니다. 진심으로 응원해주신 분들에게 감사드립니다.


大邱でお会いした先生方にご紹介をうけ、김종국 キム ジョンクッ先生のお宅を訪れました。祭礼音楽、宮中音楽、正楽のピリ(笛)の演奏家で大邱芸術大学 国楽科で教授をされている方です。ソンジュにある 한개마을(ハンゲマウル)歴史民俗村の内に、お住まいがあります。日本からチャングを叩いて星州まで辿り着いた一人の太鼓叩きに、キム先生は、本当に多くの事を教えてくださいました。


東京から歩き始め、博多から海を渡り、6年越しで2015年ようやっと父方故郷に、無事ゴール出来た喜びと安堵感に浸っていた私にとって、先生との対話や、先生からの教えの一つ一つは、雷に打たれるような衝撃的なものでした。


韓国の伝統音楽(国楽)には、民俗楽と正楽があり、一般民衆に向けた音楽が民俗楽ならば、正楽は身分制度が高い者や、国の王に向けて捧げる音楽表現であること。そしてこの星州が李氏朝鮮時代から韓国文化と社会にとって、どれだけ大切な場所なのかを、丁寧に伝えて下さいました。


『王』について。

横「一」文字が三つ描かれ、縦に「l」が書かれた文字の意味。

横の「一」文字は上から『天人地』を表し、縦「l」文字は、天(宇宙)、人(国民)、地(土)の間で、まるで串刺しのように立つ者を「王」と表していること。国という領地の上で暮らす国民たちが抱える問題を、宇宙のエネルギーを借りて、解決するのが「王」の姿であると教わりました。国という単位の領地で、数え切れない問題が起こり続ける情勢の中、心静かに穏やかに国を治める策を練る時、王に寄り添った音楽が正楽であるし、天体(星)の観察や、宇宙とのやり取りの中で問題解決のイメージを出していたとのことでした。音楽や、自然宇宙の摂理とエネルギーを用いて、激しく揺れ動き続ける国の情勢を治めて行ったのだと伝えて下さりました。



『星州』について

ソンジュは世宗大王子胎室がある土地です。朝鮮時代第4代世宗大王の子どもたちと首陽大君の「胎(へその緒)」が祀られている場所です。李氏朝鮮時代、王室に子どもが生まれると胎を切って甕に保存をして、それを風水学的に地理的条件の良い場所に埋葬するという風習がありました。胎は種、つまり生命の始まりを意味し、王室の起源であると考えられていたため大切に保存されました。


星州には19の胎室があり、韓国で一番多く胎室が集中している場所です。胎室を創建するにあたって、朝鮮半島の中で、当時最も風水の地理的条件の良い場所が星州であったとされます。星州(ソンジュ)とは、文字通り、星のチカラを感じられる土地であり、国の政治を行う王にとって、宇宙とつながり合える自然のエネルギーが満ちた場所であったこと。そして世宗大王子胎室がある土地が、チェジェチョルの祖父のルーツであったことを、しっかりと認識するように促されました。



『道端の花』について

釜山からソンジュに向かう道中、道端に咲く花や草木の可愛らしい姿に、本当に心を和まされました。と先生に伝えました。


「その花は、何の花かな?日本の花かな?韓国の花かな?」その先生からの問いに、私は答えられませんでした。


「あなたが韓国の道端で見た花は、おそらく外来種だと思います。韓国の古来の花では無いかなと思います。今あなたと共に吞んでいるこのお酒は、韓国のお米で作った米焼酎で、そこに韓国の梅を入れた梅酒を飲み、そして韓国茶を飲んでいます。あなたが歩き旅の中で見て、触れて、感じ取って来たものは一体、何だったのですか?韓国の太鼓を叩いて、日本と韓国を歩きながら、何を感じましたか?韓国ですか?それとも日本ですか?それとも又別の何かですか?」その問い掛けに、私は何も言葉が出ませんでした。


「明日、朝起きたら、家の周りを歩いて見て下さい。ここに咲いている花は、古来の韓国の花です。そしてあなたが食べ口に入れるもの、すべてが韓国のものです」。


21世紀、グローバル化が進み在来と外来が混ぜ合わさっている時代、東京を出発し韓国慶尚北道 星州で出会った、今尚残る韓国の、古来の姿に触れられることに、感謝の思いしか出ませんでした。



『一如』について

仏教思想の中に、一如という考え方があります。世の中に現れる物事は、現れ方に違いがあっても、根本はひとつで、分けへだてが無いということです。韓国の太鼓、日本の太鼓、韓国の道、日本の道。誰がどのように区別をしたとしても、それらは大本を辿れば、同じであるという捉え方です。


キム先生曰く「日本からここまで、歩きながら、少しずつ様々な変化を感じながら進んで来たと言うならば、何が、どう違うのかを、あなたはハッキリと言えるかな?私はそうは思わないです。一如なんです。でも確かに、韓国の花は、韓国の花なんです。間違いなく韓国の花として、そこに咲いている背景や意味や社会を捉えれば、その花を見つめられるのです。その為には学ぶ時間が必要だし、簡単に〈これとこれは違う〉という視点だけでは、その物本来の声が聴こえて来ないんです。だから学んで下さい。いっぱい学んで下さい。」

この言葉を聞いて、何も言えず、ただただ頷いていました。


私としては、地域文化の極端な変化に目を向けるというよりも『チャンゴウォーク』という歩き旅を通じて、地域情報の受け取りを、一連のゆっくりとした歩く速度で行う構えで進んできたつもりでした。しかし、ゴールしてすぐに「ものの本質をしっかりと捉えなさい」と先生に叱咤されたように感じました。


先生との話し合いが終わり、ちょもさんと二人、韓国の伝統的な家屋の書斎で布団を敷き、眠りました。チャンゴウォークの本編が終わったと思った途端、大きな課題を出されたように感じ、胸のざわつきが収まらなかったです。


翌朝、家の周囲を散策しました。建物、木、草、花、石、甕、目に映る「韓国のもの」に触れ、改めて、昨晩のキム先生の話しを思い起こしていました。キム先生のご婦人は、天然染色を行っています。生まれて初めて見た韓国の藍甕。本当にすばらしい色を放っていました。


朝ご飯の後「さぁ、ちょっと一緒に鳴らしてみましょう」とのお誘いがあり、先生のピリ(笛)にチャングで合わせてみました。日本で生まれ、日本でチャングと出会いそして習い始め、祖父の故郷で、キム先生と、共に楽器を鳴らして遊んでいる。

「一如」先生の笛に寄り添いながら、日本人、韓国人、在日コリアン、芸の熟練や未熟、そういった隔たりに委縮するのではなく、いまここで鳴る音や、互いの息づかいに神経を注いでいました。そのことが本当に有難く、かけがえのない時間に思えました。



「昨日はたくさん話しましたね。あなたは今、お爺さんの故郷まで自分の足で歩いて来ました。その足取りは自分のチカラや思いだけではなく、お爺さんやご両親、家族、仲間が、そうさせたのだと思います。あなたは未だ知らないことが、山のように在ると思います。水甕に例えるならば、まだまだ水をそそぐ余分なスペースがあります。もし仮にあなたが知らないことを、知った風にしていたら、その水瓶は濁った水であふれてしまうんです。知らないことは悪いことではないんです。知らないことを丁寧に、自分でしっかりと学んで水瓶を満たしたり、既に知るものから清水を受けるように、甕を満たしてください。そしてその甕が清水で満ちたら、またここに来てください。新しい水甕を渡しますし、どんどん清水をそそぎますから。」


その言葉から私は本当に勇気をもらいました。チャンゴ(杖鼓)という楽器を通じて、本当に、大切な出会いと、学びと経験を一日に行い、カラダの深い芯がずっと震えていました。祖父の故郷で起こった出来事、心と体に刻み込まれました。

 



bottom of page